秘書Tの《カルマ体験談・11/8号》

本日のテーマは

【隷属と奉仕の違い】

ごきげんよう、角尾珠生です。


こちらは皆様の
《三六九の儀》や《塩盛り》等の体験談を
私が優しく一刀両断しつつ、
解説させていただくコーナーです。


シェア会にて伺ったお話を
ご紹介させていただきます。


【Mさん】

最近困ったことがあって、
母の姉が私にすごく執着してくるんです

最初はぎっくり腰になったから手伝ってあげてと、
親に頼まれたので色々とお世話をしていたのですが、
2日に1回呼び出されるようになってしまって。

私もそんなに暇じゃないから
他の人にやってもらって、伯父さんは?
と聞いても全く動かないらしくて。

心臓のカテーテル入れる時も
あなたが付き添わないなら誰が付き添うの?
くらいのことを言ってきて、

父に相談したら、
断って良いと言われたのできっぱりと断りました。

伯父さんの弟の子供と仲良くしているのだから、
そっちに頼めばいいのに、私じゃなくてもいいでしょと思います。

もう嫌なんです。

具合が悪いから病院に行けなかったと
後から嫌味も言われたし。

(中略)

伯母は昔、大腸の病気で手術をした際に妊娠していて、
その子が生きていれば私と同い年なんですね。

それですごく執着してくるけれど、
私は私だと思うんですよ。

伯母と母の妹にも同い年の子供が居たけれど、
そことは縁が切れているので余計に私にくるんです。

でも可愛がられた記憶もなく、
むしろいつも都合よく使われる役割で。

自分が面倒な事を私にやらせるけれど
その対価を与えないし、
威圧的に支配しようとしてきて。

(中略)

愛を与えるというのは、
そんな伯母にまで尽くせということなのか、
もしくは因縁があって切れないのか、
私は逃げてもいいのかな?とか色々考えます。



【支配欲と執着心】が混在した
聞いてるだけでげんなりしちゃうお話ですが、

カルマのなせる業という理由以外で
なぜ、Mさんの伯母様は
このような事を為さるのでしょうか?


答えは【弱さと不安】です。


弱い人間ほど、自分より弱い人間を作りたがります。
そうすることによって自分は強い人間であるという
自意識を得られるからです。
ただ、これは錯覚です。


また、不安を抱える人間も誰かを支配して
自分の手元に置く事で一時の平穏を得ようとします。
ただ、これも錯覚です。

更に共通する認識として
その様な方は己の弱さと不安を認めようとしません。
よって向き合う事も無く、ただ搾取するが如く、
周りに迷惑をかけ続けるのです。


さて今回は、
そのような方に対しても
愛を与え尽くす必要があるのか


というお悩みですが、


答えは

【YES】であり【NO】です。


奉仕の精神とは誰に対しても
己の利益を求めずに尽くすことです。
与える相手を好き嫌いで分け隔てません。

しかし、だからといって
自分を奴隷に貶めてはいけません。

私達は皆、自由です。


誰かに搾取されるために
この世に生まれてきたわけではないのです。

相手が何を言おうと、
どんな手を使おうと、
時に毅然とした態度で

【NO】という権利があります。

Noって言って
良いのですよ^^


もちろん、
力になれる余裕があるのであれば
そうして差し上げたら良いでしょう。


しかし、相手が無理難題をふっかけたり、
悪意を持って接してきた場合は,


きっぱり、はっきり、丁寧に、

【失せろ】と
言って差し上げましょう。

・・・

(冗談ですよ!笑)


しかしながら、
ただただ盲目的に相手に尽くし、
相手を甘やかすことは
決して愛ではありません。

最終的に両者に破滅をもたらす行為です。

それに奉仕の方法は
物理的なことに限りません。

その方のために祈ることも奉仕です。

物理的に接することが苦痛ならば
距離を置いて、


【OOさんの心の隙間が
     埋まりますように、
 問題と向き合えますように。


 そして、
 〇〇さんのカルマが解けて
清まりますように 】


と祈って差し上げると良いかと存じます。



☆ MICHIKOの追伸

本当の親子ではなくても、
過去生では親子であったり、
親子が入れ替わったりします。

過去生での関係で、絡まるカルマ、
負債となるカルマの因がつくられています。