平家と源氏の因縁 《富士川の戦い》

先週のブログを読んだCHIEさんから
メッセージをいただきました。


こんばんは~✨ブログ読みました!
ありがとうございました🙏✨

亭主関白の鏡のような父(笑)でしたので、
本当に辛い結婚だったと思います。

でも先生方に出逢い、
恩返しの結婚であることを教えていただいたことで、
母は自分を認め、
辛い中にも幸せがあったことにも気づけました✨

立派に恩返しのミッションを果たし、
家系のカルマ・父のカルマ・土地のカルマが解けるよう祈り、
最後は自分も天寿を全うできるように祈り、
「ありがとう・ありがとう・ありがとう」と還っていきましたね✨

父も母亡き後、母のありがたさを実感し、
「可愛そうなことをした…」と反省して還っていきました。


母もきっと「先生!ありがとね~✨」と喜んでいることと思います😊



CHIEさん、ありがとうございます。
私たちもお母さん、お父さん、CHIEさん御家族の歴史に感謝いたします。

さて、今回は、

CHIEさんのご主人の体験から
源平の因縁を紐解いてまいりましょう。

CHIEさんのご主人は、
静岡県の「富士川」という大きな河川の近くの学校に勤めていました。



その学校に赴任してから、ある日のこと、
目が急に痛みだし、
あまりの痛みに夜も眠れずに苦しみ、病院にかけこみました。

その痛みは
「目の角膜が剥がれている」のが原因でした。


しかし、目を傷つけるような出来事に身の覚えはないまま、
あまりの痛みと酷い怪我だったので、私にも相談がありました。

早速神言によって伺うと、
学校にはたくさんの兵士の霊たちがいます。

学校を陣地として戦いのために潜む兵士、
戦いあっている兵士たち、まさに学校は戦場になっていたのです。


すると、CHIEさんから
実はこんなこともあるんです、と。


「夜中に不審者が侵入したと呼び出しがあり、
教頭である主人が学校に出向くのですが、侵入者はないのです。
それが何度もあるのです。
やはり、そうですよね!!富士川ですから心配していたのです。」



《富士川》は、源平の戦となったところで、
「富士川の戦い」として有名です。


歴史の記述には、

『武田源氏の大群の奇襲に、平家軍は戦わずして撤退した』

とあります。

しかし、戦かわずに逃げただけではなく、
盾となった平家少数との合戦がありました。


無念にも盾となって戦い及んだ兵士は、
討ち死にすることになりました。

そして、その後、戦国時代には、
この『富士川』で、今川軍と武田軍の戦いが起こります

武田信玄


その戦いで死んだ兵士の血が流れ、
真っ赤に染まったということで名付けられた
「血流川」が富士川に合流するのです。


まさに、戦いの歴史が重なる重要な場所でした。


その影響を受けて、
CHIEさんのご主人は精気まで奪われていました。


そこで、早速学校の土地の歴史を清め、
戦う兵士の霊を神の導きによって鎮めていただきました。

すると、どうでしょう。



まず夜中の呼び出しがなくなったことで安堵の日々となり、
さらに、通勤通学時の事故や不和なども治まってきたのです。

何よりご主人に精気が戻り、
本来の実力が発揮できるようになりました。



もし、あなたのお子さんが通う学校で、

先生が病となったり、
子供たちが不登校になったり、
通学や通勤の事故がある、

という場合には、
そこは戦場であったかもしれません。

敵地にあたる学校に通う場合には、
いじめにあうこともあります。

子どもは、
大人にわからないことを感知しています。


様子がおかしい時、
不安がっていると感じたら、
「気のせい」などと簡単にすまさずに、
よく話しをきいてあげてください。




そして、その土地の歴史を調べてください。


Love All Serve All
MICHIKO

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