平家と源氏の因縁 (5)


令和元年12月14日
神戸・元町の地で大上院講話会が開催され、
神様のご縁のみなさまが集まりました。



令和元年に、
神戸の講話会を主催したSOTAさんは、

「平家の末裔」

とご神言をいただいた方なのです。


SOTAさんに、ご自身の体験の原稿を
依頼しましたので、
近いうちにみなさんにご紹介できますので、
お楽しみにお待ち下さい。



SOTAさんは、鹿児島のとある島のご出身です。

敗れた平家一族が、海を渡り逃げ延びて、
行き着いた地です。


生き延びて、行き着いた地で、
力を蓄え、復興を願い、命を継承してきました。

また、
現存する家系図から父方の先祖を遡ると、
妻に沖縄の女神官が迎えられ、
カミの言葉を伝えた血を分け与えられていました。


平家時代に培った知恵は教師として活躍し、
実践経験は武士として活躍し、
引き立てられることとなるのです。



こうして、SOTAさんの家系は、
武士となり役人となります。

しかし、この身分は、
島を支配する島津と島民との板挟みとなるのです。

こうして島民を苦しめる立場となり、
カルマをつくることになります。


このために、SOTAさんは、
何事も起きていない中でも、

『なぜか誰かに恨まれている気がする』

と感じていたそうです。

しかし、詳しい事は、
SOTAさんからの記事を待つことにしましょう。



ここでは、源平の因縁のことに戻ります。


SOTAさんは、現在神戸近郊にお住まいです。
神戸から東京まで、
家族の悩みがあって神言におみえになりました。



結婚し、家を建てたばかりだったのですが、


《なぜこの地にきたのかわからず、
 間違いではなかったか?》


という、ご自身の悩みも抱えていました。


しかし、
平家の末裔であること、
平清盛の時代に、交易に関わっていたこと、
復興という使命のために自らこの地に向かったことを
カミ様から伝えられました。



その言葉を聞いて、改めて
SOTAさんが赴任する地を振り返ってみると
全て源平の戦場であった
のです。


まずは、家族の悩みのために、
先祖の罪苦並びにカルマと
大地の歴史、戦場を清めていただきました。


その悩みの方は救済され、
SOTAさんご家族も平和を取り戻しました。


そして、そのご縁は、
平家繁栄の地に戻るためであり、
平家滅亡となった戦場を一つ一つ清める
という大きなお役目の始まりとなりました。


『私がなぜこの土地に。。。』

と思うことがあったら、
あなたも、過去生からご縁のある地に
呼ばれているのかもしれません。


つづく…

Love All Serve All
MICHIKO