SOTAのSoul Journey 第2話 「道の島のトリプル・スタンダード」


複雑に絡み合った薩摩と琉球と先祖の因縁
まず、ご先祖と薩摩の関係について書いてみたいと思います。


琉球本国に飛び石のように繋がる奄美群島は、
道の島」と呼ばれています。

琉球国は、中国・清を宗主国として、
冊封の関係にありました。





先祖代々一族は、
島役人として鹿児島へ上国し、
時には琉球の役人として、那覇や清へ渡っていました。


これは、薩摩藩が道の島について、
琉球・清国・徳川幕府の3者に対して、

トリプル・スタンダードを取っていたためです。

どういうことかと言うと、


琉球に対しては、道の島は薩摩の直轄地

清国に対しては、道の島は琉球国

幕府に対しては、琉球は支配下にあるが、道の島は薩摩の直轄地ではなく、琉球国


つまり、

薩摩藩は、清国と徳川幕府に対して、
「道の島が薩摩の直轄地であること」を隠していた
のです。


幕府が鎖国制度を堅持しているなかで、
この事実がばれてしまうと、
日中関係にヒビが入ることになり、まずい事態になります。



そのため、

清から冊封使が来航する時は、琉球の役人として那覇へ
琉球から進貢船を派遣する時は、唐通事(通訳)として清国へ


何事もないかのように、島役人が中国へ渡っていました。




サトウキビについては、
薩摩藩直轄地となった初期では、年貢として扱われていませんでした。

サトウキビは、手をかければかけるほど良く育ちます。

逆に、手を抜いたとしても、最低限の収量が見込める作物でもあります。



ご先祖が鹿児島へ上国の際、
島でのサトウキビ栽培を認めてもらうための
請願書を上申したことがありました。



しかし、島の代官所を通して国元に伺いを立てることが筋であるものを、
代官所を通さず上申したため、不届きであるとして、即座に役を解かれたのです。

のちのち サトウキビが、
幕末にかけて大きな影を落とすことになるとは、
この時は誰も予想できなかったと思います。



ご先祖は、
鹿児島では藩の家老、島津助之充(すけのじょう)に目をかけられ、
上国の際は親子で囲碁の相手に家に招かれるようになり、脇差(小刀)を授かるなどの関係にありました。



島役人として、
鹿児島、琉球、大陸中国へと渡り、
薩摩藩の手足となり、働いたご先祖


そのようななか、
徳川幕府中期に、250以上もの諸藩において、
薩摩藩が髄一の貧乏藩と言われるまでに転落する事件が起きます。



この事件は、
島津家により、長い間伏せられ、
鹿児島で知られることになったのは大正時代になってからでした。

つづく…



令和二年 祝
初話し会 & 新年会のご案内

皆さまの元を訪れると同時に、開かれた場をつくって参ます。
その初め事としまして、
「全員参加のお話し会」を開催いたします。

【日程】
2020年1月25日(土)
お話会:15:00〜17:30
新年会:17:45〜20:00

【場所】
お話会:東京都渋谷区内の会場
新年会:お話会会場近く 徒歩3分

また、お話会後に新年会を行います。
美味しいお食事とともに語り合いましょう。

お話会のみ、新年会のみのお申し込みも可能です。

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人数に限りがございますので、 お早目にお申し込みください。