目に視えない世界への扉 ~瑆が「ご先祖様」や「視えない存在」に親しみを持つまで~

こんにちは、瑆です。

お盆やお彼岸にお墓参りをしたり、
手を合わせたりはするけれど、
実はご先祖様のことはよく知らない
という方も多いのではないでしょうか。

そして、視えない世界は
信じる!大好き!という方でも、
自分のルーツであるご先祖様に
目を向けている方は
どれくらいいらっしゃるでしょうか。

今は、核家族も多くなり、
おじいちゃん、おばあちゃんと
一緒に過ごす時間が減ると、
余計に歴史に触れる機会も
少ないのかもしれません。



そしてまた、
家族という単位でなく、
欧米のように
個人を大切にされるようになってきた、
そのような背景もあるかもしれませんね。

実は私もそんな1人です。

子供の頃から、
ご先祖様の存在はピンときませんでした。

でも今は、
命を繋いでくださった
ご先祖様のことを知り、
労い、救済することは
とても大切だと感じています。



今回は、
そう思うようになった過程を
綴ってみます。

私は、生まれて物心ついた時には、
両親より上の世代は、
曽祖父母はもちろん、
祖父母も皆他界しており、
母方の祖母1人しか
実際に会うことはできませんでした。

特に寂しいと感じることは
ありませんでしたが、

逆に、
亡き祖父母に心を向けることも
あまりありませんでした。

写真を見ることもなく、
両親から、祖父母の話を聞いたことも
あまりなかったように記憶しています。

そして、なぜか私は、
亡き祖父母のことを
聞いてはいけないような気もしていました。

自分がこの世に生を受けたことは、
両親あってのことなのですが、
それもあまり意識がなく、
自分はこの世にいることは当たり前、
くらいの感覚でした。



お盆やお彼岸には、
家族でお墓参りもしていました。

お参りに行けば、
積極的にお墓を掃除し、
手を合わせることもしていましたが、
子供ながらに、
おはぎが食べられるとか
そんな感覚も大きかったように思います。

大学を卒業し、
仙台を離れてからは、
お墓参りも定期的にはいけず、

帰省した時に
タイミングが合えば行く、
くらいの感覚になっていました。



どこか、
お盆やお彼岸という感覚も
薄れていく私がいました。

その頃、私の知らぬ間に、
お墓について両親の間で
話し合いがなされ、



いつの間にか
父方母方の両家を
一緒に祀る新しいお墓が
完成していました。



そして、父から突然、
自分たちがいなくなったら
このお墓を頼む、
引き継げない場合は無縁仏にしてくれ
と言われ、
頭がついていかなかったことを覚えています。

そして、3年ほど前、
友人主催の食事会で、


大上院勝先生・道子先生と

出会いました。

ちょうど、
長年勤めた病院をうつ状態で退職し、
新しく個人でインターネットで
物販をしていた頃です。

うつ状態は改善していましたが、
初めての物販、独立で
精神的にも物理的にも辛い時期でした。



しかも、その食事会は、
一度お誘いを断ったものでした。
お金も時間もキツかったからです。

でも、なぜか友人が
もう一度開催してくれたので、
内心、もういいのにーと思いながら参加したのです。



食事会はとても楽しく、
新しいご縁もいただき
嬉しい気持ちで帰途につきました。

しかし、
食事会が終わって帰宅すると、
友人から連絡があり、

「帰り道、駅のトイレで吐いた」

というのです。

私はピンピンして元気でしたが、
友人は何かにあたったのかしら?と思いました。

そうしたら、なんと

道子先生も体調が悪化した

というのです。

びっくりして話を聞くと、


「瑆ちゃんのご先祖様が
    たくさん来ていた。
 そして訴えてきたから
     具合が悪くなった」

というのです。



想定外の答えに
ただただびっくりして、

「そんなことあるの??」

と。

全く意味がわかりませんでしたが、
私のご先祖様が訴えているというなら、
それは何とかしないといけないな、
ということだけは直感的に分かりました。



これが、私が


「ご先祖様」を明確に
 意識した出来事です。

でも、不思議なことに、
亡きご先祖様の訴え
と言われて、

そんなことあるの?と思いつつも、
どこかそれは本当だろうと思いました。


目には視えなくても。

そして、よくわからないままに、
御神言(当時はリーディングと呼びました)を受けることになり、
なぜか、すんなり予約が取れました。

リーディング当日は、
家系図を持ってくるように言われました。



ご先祖様のことを意識したことが
なかった私ですが、

なぜか、
父が作った家系図のコピーが
手元にあることを思い出し、

しかし中身をよく見ないままに、
とりあえず持参して臨んだのです。


今思うと、
リーディングを受けるべく、
すでに準備が整っていたということですね。

道子先生は、
家系図を見ながら
いろいろと質問をしてくれました。



しかし、
ご先祖様や、命ある方も含め、
親戚にも意識を向けていなかった私は、
聞かれても曖昧な答えしか
できなかったことを今でも覚えています。

それでも、道子先生が
神様を通して伺ってくださったところ、


私は面識のない父方の亡き祖父が、
先日の食事会で
先生方に強く訴えかけていた、
ということがわかりました。


まずは私の父親に訴えたが伝わらず、
次に私に訴えたけれど、
私が全く気づかなかったから、
視えない存在を認識できる先生方や
友人に訴えたのだそうです

これまた衝撃でした。

「そんなことってあるの?」

と。
そして、


さらなる衝撃がありました。

祖父は事故で亡くなったと
聞いていたのに、
実は自ら命を絶ったというのです。


祖父は還れずに苦しんでいたのです。
(自殺した方は、自力では還れないそうです)

なんとかしなければと思いました。

その他、
私の父方・母方の家系は
共に武士の家系であり、
家系的に武士のカルマを
背負ってきていることや、

私自身の前世の
生き様・死に様の話を聞いた時、
今の自分がなぜ
こんなに苦しいのかが腑に落ちました。

私が、自分をなぜこんなに
責めて生きてきたのかがわかりました。



前世で武士だった私は、
自分の役割が十分でなく
藩が破れたことを責めており、
戦いで死んだ地で育つことに
不安があったこと、

そして今生は己の才能を開き、
過去生の責めから
卒業することが大切であることも。

このリーディングには、
驚いたものの、何の違和感もなく、
スーッと自分に入ってきました。
むしろ納得することばかりでした。


しかしその後、


「お金がかかるから」と
三六九の儀を躊躇していたら、
3日間連続で足を負傷する

ということが起きました。

1日目:
階段から大の字で落ちて、
膝を怪我する

2日目:
駅を歩いていると、
やたらと人のスーツケース が
負傷した脚にあたる

3日目:
駅を歩いていると、
前を歩いている人の靴を
何度も蹴飛ばしてしまう

階段から落ちただけでは
気づかなかったでしょう。

でも、3日間続けて
普段起きないことが起きたので、
さすがにおかしいなと思い、
友人に相談すると、

それは
ご先祖様の訴えである
お待ちである


と教えてくれました。

ご先祖様は救ってもらえるのを待っているのだと。

なんと、催促されていました。

そして同じ頃、
他のいわゆる敏感な方からも
「誰かが私と一緒にいる」と
聞いたこともあって、

これは前に進まなければならないと悟り、
三六九の儀を受けるに至りました。

儀の中では、
私の守護神は八幡様で、
生まれた仙台の地で
「大崎八幡宮」の八幡様に
ずっと守られて生きてこれたことを知ったのです。



思い返してみると、
いつも誰かに守られている感覚だけはありました。

バイクで縁石に突撃しても、
傷ひとつ負わなかったり…。

儀の1ヶ月後、
八幡の神様に

ご挨拶がしたくなり、
帰省しました



大崎八幡宮に参拝してご挨拶をしました。
大鳥居の前に立った時、涙が溢れました。

神社に行って泣くというのは
初めての経験でしたが、
私の中の何かが反応していました


そして、


父方のお墓参りにいきました。



20年くらい行っていないのに、
なぜか迷わずにたどり着けました。

今思えば、これまでの流れは、
ご先祖様が
(その姿は私の目には視えないけれど)
導いてくれているとしか思えません。

私がご先祖様を意識して、
そして視えない世界を
実際に「体験」し始めたのは
このことがきっかけでした。



視えない世界も、
いわゆるスピリチュアルで
”引き寄せ”など
学んだこともありましたが、
地に足着いた出来事として
経験したのは初めてのことです。

その後、ご縁で
先生方のサロンのお仕事を
させていただくことになり、

お手伝いをした初日に
ご先祖様の三六九の儀を
執り行った後のことです。

なんと一緒に来ていたお子さんが、
空中に向かって「どうぞ」と
お供物を差し出しているのです。



そして
「美味しいって食べてるよ」
と笑顔で言うのです。

私はびっくり仰天しました。

えっ、どういうこと?
あぁそうか。
ご先祖様の御霊さん達が来てるんだ。

この子には視えてるんだ…!

そうなのです、
このお子さんは霊が見える子だったのです。

視えない世界はあると、
なんとなくわかるけれど
信じきれていない私に、
神様が見せてくれたんだなと思いました。

しかもお仕事初日に。

この時に、亡き祖父が
先生方に訴えていた出来事は、
やはり本当だと思いました。

その後、
皆さんの儀のお手伝いを
させていただく中で、
様々な体験をしました。

・儀が始まる前に、
 異常に身体が重くなり、
 終わると軽くなったこと

・お祈りの最中に、
 御霊さんの思いに反応して、
 自分の意志と関係なく涙が出たこと

・突然喉がカラカラになり
 般若心経が読めなくなったこと
(東京大空襲の祈りの時)

・儀の前に、賑やかに
 鍋がカーンと鳴り響いたり、
 床や柱のミシミシ言う音が増えたこと

・儀の前にギャーギャー
 泣き叫んでいたお子さんが、
 儀が始まったら、
 すやすや気持ちよさそうに眠ったこと

・儀の時に、子供達が
「神様来た!」と言ったり、
 視える方が
「光が降りてきた」と言うこと

・あるお城の儀に同行した時、
 儀の前は非常に体調が悪かったが、
 儀の後、一気に身体が軽くなった。
 お祈り中は大祓のような強風が吹き、
 お祈り後はピタッとおさまり、
 現場に美しい光が射してきたこと

これはほんの一例です。

私自身が、このように
様々なことを経験するうちに、
今は存在として私の目に視えなくても、
ご先祖様も昔の方々もいらっしゃるし、
視えない世界はここにあるのだと、
ようやく確信に至りました。

いえ、疑う余地がなくなった、
という表現の方が正しいかもしれません。



そして今度は、
自分の先祖に目を向けるような出来事が
次々と起こります。

詳細は別の機会に書きますので
今回は触り程度にします。

ある時、守護神の八幡様に導かれ、
とある男性と知り合います。

フォトグラファーでもある私は、
写真を通して彼と出会ったのですが、
なぜか彼を通して、
八幡様が守るとある地域の危機を知り、
その土地を清めるに至りました。

その土地には、
某鉄道会社が大きく関係していましたが、
そのことを通して、
私は、亡き祖父は駅長さんであったことを思い出します。

そこから、駅のことや
祖父の生き様を調べ始めます。

その線は、仙台軽便鉄道と言いますが、
2度の大きな台風などにより、
廃線になっていました。



父の話によれば、廃線となり、
仕事を失い、家族も多かったため
毎日食べていくのに必死だったと言います


祖父が自ら命を絶ちたくなる心境も
容易に想像できます。

そして、
祖父が亡くなった交差点付近は、
昔、仙台藩の処刑場だった場所であり、
約7,000名が処刑された場所だと知りました



ゾッとしました。


ここには苦しむ霊達がたくさんいるはずです。

インターネットで調べたところ、
その場所は「心霊スポット」として
取り上げられていました。

子供の頃、
私も「心霊スポット」について
興味津々でキャーキャー
言っていたこともありましたが、
今思えばそんな軽々しく
言えるようなことではありません。

もしその場所で
霊の存在が目に見えたとしたならば、
処刑されて、いまだに苦しんでいる
御霊さん達がそこにいるということです。

祖父は、その御霊さん達に
引っ張られたのかもしれません。

そしてその交差点で
命を落とした方はたくさんいらっしゃいます。

そして、
自分のルーツの仙台に
思いを向けるようになったら、

仙台にお住まいのお客様との
ご縁もいただくようになりました。

霊界で繋がっているのだなあと
思う出来事でした。

先週は、東京では7月のお盆でした。

私の実家仙台ではお盆は8月ですが、
現在東京に住んでいる私は、
7月にもお盆の塩盛りをしました。



スマホでメルマガの
塩盛りの文章を見ながら、
祈願文を書きました。

スマホは普通、
画面に触れていないと
閉じてしまいますよね?

それが触れなくても
ずっと開いてくれたのです。

そして、
祈願文を書き終わったらスッと閉じました。

ご先祖様のどなたかが
お手伝いしてくれてるんだと、
ありがたく思いました。

そして、
ご先祖様を思いながら
祈願文を書いていたら、
今まであまり意識していなかった
叔父叔母が亡くなった原因や、
従兄弟の病にも意識が向くようになりました。

統合失調症やうつ病が
こんなに多いのは不思議で、
何か原因があるはずです。



また、最近
友人が亡くなったのですが、
家の中で不思議なことが
いくつもおきました。

その一例です。

・彼に関する内容を
 LINEで送信した直後に、
 彼にいただいた御神言の紙が
 棚から落ちた

・塩盛りの祈願文を書いていたら、
 スマホの電源が突然落ちて、
「まだ還りたくないのかな?」
 と思った。

霊界、霊と聞くと、
どこか怖いと思っていた私ですが、
このような出来事を
経験しているうちに、
だんだんと親しみが湧いてきました。

霊は悪さをするもの、
と勝手に思っていましたが
(メディアの影響?)、

そうではないですね。

肉体を脱いだだけであって、
私たちと一緒です。

大上院先生がくださるお祈り文に、
「顕界と霊界に霊的進化がもたらされ…」とあります。

顕界はこの世、
霊界はあの世を指します。

顕界と霊界も、
同じ空間に存在しているのですね。

だから、私の亡き祖父も
先生達に訴えることができ、
私を導いてくれました。

長くなりましたが、
私が、ご先祖様の存在、
そして視えない存在達のことに気づき、

大切に想い、親しみを
持てるようになるまでには、
(これでも大まかですが)
このような経過があります。

ようやく今になって、

私が苦しい=両親が苦しい=ご先祖様が苦しい

と言うことでもあるのだと、
結びつくようになりました。

ご先祖様も、視えない世界も、
身近にある、まさに一緒にいるのです。

先生方と出会ってから、
3年の月日が経過しています。



私は、ようやく自分のルーツに
目が開き始めたところです。

もっと深く知り、
私のご先祖様を含む
肉体を脱いだ皆さんがいる世界も、
今命ある人が住むこの世界も、
どちらも大切にしていきます。

最近、とても不思議だと
感じることがあります。


「歴史は大切だ!
 歴史がなければ今は存在しない!」

と、日本の歴史を
熱く語ってくださる方がいます。

でも、その方に
ご先祖様のことを伺ってみると、
???となります。

自分の歴史、という発想には
ならないようです。

私は、学生時代、
歴史が大嫌いで、
どうして過去のことを
知らなければならないのか、
全く意味がわかりませんでした。

でも、
歴史が積み重ねられて今がある、
ということを、
私は自分の先祖を紐解きながら
気づきました。


ご先祖様の歴史があるからこそ、
私が存在しているのです




ぜひ皆さん、
ご自身の命の歴史に
目を向けてみてください。

きっとご先祖様も、
喜んでくれると思います。

ご先祖様の御霊さんは、
あなたのすぐそばにいます。