無害であること

私たちは、自分が独りでないことを、大きな家族(自分の直接の家族を意味するのではなく人類家族)の一員であり、したがって、

その家族を害さないような人生を生きることが、自分の義務であることを認識する人が真の人間であると思います。

無害であることが基本的な人間関係であり、非常に実際的な機能を持ちます。これは単なる良いアイデイアなのではありません。無害であることが絶対必要であり、そうでなければあなたは自分自身を害することになります。

私たちのすべての思考と行為が原因を始動させます。これらの原因から発する結果が、善きにつけ悪しきにつけ、私たちの人生をつくります。苦痛なものであれ、快いものであれ、私たち自身が、単に過去世においてのみではなく、今現在、一瞬一瞬、つくっています。先週、昨曰、今のこの瞬間、自分の思考と行動を通して、自分自身の人生の経験を創始しているのです。

それは役に立つものであることも、非常に破壊的であることも可能です。もし破壊的であるならば、自分自身にとってのみではなく、社会にとっても破壊的です。

ですから、無害であることの必要性が分かるでしょう。私たちの思考と行為が私たち自身の人生のみではなく、他の人々の人生をも、私たちが関係を持つ人々すべての人生を条件づけるのです。

正しい人間関係とは、私たちがお互いに害することなく共に生き、各人の存在(魂としての存在)が、それぞれの方法で、それぞれの時期に、誰からも干渉もなしに成長し、開花し、顕示されるようになることです。